大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)1号 判決

上告人

河村昭典

右訴訟代理人

井貫武亮

被上告人

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人井貫武亮の上告理由について

原審の適法に確定した事実のもとにおいてされた被上告人の上告人に対する懲戒免職が懲戒権の濫用にあたるものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか、又は原判決と異なる独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木下忠良 栗本一夫 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進)

上告代理人井貫武亮の上告理由

原判決は左記の如く、民事訴訟法第三九五条一項六号にいう判決に理由を附せず又は理由に齟齬するときに該当し、破棄を免れ得ない。

一、上告人は、本件免職処分が権利濫用である根拠を次の如く主張している。

(一) 禁錮以上の刑に処せられたからと云つて必ず懲戒免職にする理由はなく、現に左様な取扱いになつている。

例えば乙第四〇号証五項二十二の事例では、威力業務妨害罪で懲役三ケ月、執行猶予三年の判決を受けながら、停職一ケ月の懲戒処分にされている。機関車の進行を妨害しているのだから国鉄業務の混乱は、本件の比ではないのに、其処分の程度は軽い。

又、マスコミで報道され、国民のひんしゆくを買つたから国鉄の信用失墜を理由に皆免職されるわけではない。公職選挙法違反の事例など大きく報道され、非難されても、免職者が出ないこと公知の事実であるし、一審で宮崎証人が証言している様に、傷害罪や、賭博罪などの破廉恥罪を犯しても、懲戒免職をされないで済む例がある。

要は、具体的事例毎に懲戒の程度を決せざるを得ないが、免職の結果を選択する場合には、最高裁判所判決(昭和四五年(オ)第一一九六号―乙第四一号証)や一審判決も指摘する様に、該職員と家族の生活の基盤を、根底からくつがえしてしまうのだから、特に慎重な配慮を要するものである。

(二) 本件事例では、公務執行妨害、傷害の罪名で、上告人が懲役五日、執行猶予一年の有罪判決を受けたことは争いがない。

右判決を前提としても事案の内容は軽微である。

デモ行進中、集団として規制を受けていた混乱の中で、一参加者が、偶発的に起した事件であり、デモ規制の為の公務執行や身体に与えた具体的侵害は軽微である。云つてみれば、腹立ちまぎれに逮捕され、面子上事件にされていつたとも云いうるものである。

採証活動を積極的に妨害した被上告人主張の右最判事例(乙第四一号証)と比較して犯情に於いて大いに異なる。

処分歴にしても、休職中刑事事件を起こした右事例と違うこと勿論であるが、上告人の日頃の真面目な勤務振りは国鉄側証人でさえ、皆一致して認めるところである。

上告人は、九日間逮捕、勾留されたが、その間、年次有給休暇の許可を受け、又担当業務も同僚が代つて行なつたので、業務の混乱は一切なかつた。

被上告人は、労働組合も本件処分を認めている如き主張をしているが、その事実は全くなく、本件で起訴され、休職後も、労働組合分会書記長の要職にあり、組合並びに組合員からの支持を受けていた。

又、上告人の他処分歴は、組合役員として上部の指示により行動せざるを得ぬ故に責任を取らされたもので、個人的反社会性を示すものではない。

(三) 上告人は、本刑事事件に関し、逮捕勾留され、心身共に反省を強いられると共に、有罪の判決を受け、又、それらが報道されるなど、社会的制裁も受けてきた。

以上、いかなる点より見ても、普段から業務遂行に熱心な上告人を、偶発的で軽微な本件刑事事件を機会に職場から放逐しなければ被上告人の企業秩序が維持できないとの理由は見当らない。

(四) 被上告人は、重大な罪名で懲役刑を受けたでないかとか、新聞等で報道され、国鉄の信用を傷つけたでないかと主張している。

なる程これらの理由は懲戒理由にはなるであろう。しかしかゝる事実があつたとしても、それだけで懲戒免職の必要性ありと言う根拠にならないし、現に、事案により停職や減給で済ませている例がある。

免職に関し、慎重さを指摘する先の最判例に従つて、本件事案を具体的に検討されねばならず、犯情悪質で職場からの放逐がやむを得ないとされる具体的根拠が存在し、指摘されなければならない。

被上告人の本件免職の根拠に関する主張は、漠然としており、なんら具体的免職の必要性、相当性を挙げるものではない。

よつて、本件懲戒免職は、慎重な配慮を欠き、不必要に重く処断されているので、裁量権の範囲を逸脱した権利の濫用があり、無効である。

二、しかるに原判決は本件以上に反社会的事案で免職に至らなかつた事例として上告人が主張し立証した事実についての比較評価がなく、なんら具体的根拠(事実及び証拠)を挙げずに、裁量権の逸脱はないと断定している。

かゝる原判決の内容は、上告理由たる判決に理由を附せず、又は理由に齟齬する時に当り、破棄を免れ得ない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例